D1グランプリ
今日はD1グランプリに連れて行かれた。
私は全く興味が無かったのだがタケも本田さんも前々から楽しみにしていたので。

D1のDはドリフトのことで、簡単に言うと、レースカーがいかに上手く後輪を滑らせてサーキットを走るかを競うらしい。タケ曰く「フィギィアスケートと一緒だよ」って全然違うと思う…





実は月曜日に、参加する日本レーサーの車の船積書類が未だ提出されていないことが判明し、この一週間タケは自宅で遅くまで対応に追われていて(タケは担当でも何でもないのだが、こちらにいる日本人スタッフは本田さん以外タケだけなのでやらざるを得なかった)、昨日は会場近くのホテルに泊まりレーサーの方々にひたすら頭を下げていたらしい(どうもその後は無事車が到着したのを祝うかのごとく飲みまくった様だが)。

d1①.JPG私は朝9時半に本田さんに迎えに来てもらい、会場へ向かった。
到着すると、丁度FALKENが試走を始めるところだった。本田さんが「品がない車ばっかりだねぇ」とニコニコしながら言っていた。確かに…


d1②.JPG大体5周もするとタイヤがダメになるそうだ。これだけ白い煙を上げて走れば当たり前だが…

私は車を見ながらも、FTCの会社の人達と挨拶&握手を繰り返し、顔が引きつりそうだった。

d1③.JPG試走が終わると各会社のブースに車を引き上げ、一般公開となった。日本でも何回か幕張に連れて行かれたが、何処の国にも車小僧はいるようで…すごい人だった。




一般公開の間…本田さんは会長なのでもちろん多忙、タケも関係ないとは言え何だかんだで対応に追われていた。私はとりあえず何もすることがなく、カートの椅子に座っていた。

でも放置状態が1時間以上も続き…何だか妙に腹立たしく、そして悲しくもなってきた。

後から冷静になってみて何がそんなに悲しかったのかと思うのだが、その時は、私を勝手に連れてきて放置するタケが恨めしく、でもタケは仕事なんだから私が我慢するのは当たり前だしと思う一方で、結局タケがいなきゃ何にも出来ないんだ、となり、渡米してから今日までの生活準備も何一つ自分では出来なかった歯痒さとか悔しさとかも思い出されて…結局色んなストレスが溜まっていたんだと思う。気がついたらもうダメだった。

30歳にもなって何でこんな些細なことで涙が止まらないのか分からなかった。

タケはとりあえず私を自宅まで連れ戻し、私が落ち着くのを待った。

この1ヶ月生活のSetupをする中で、タケは幾度となく私を後から来させればよかったと言っていたし、私もタケの負担になっているから後から来ればよかったと言っていたが、途中から、今更お互いそう思ったところで何にもならないからやめようということになった。でも私はどうしてもその気持ちをぬぐうことができなかった。
タケは今日のことを詫び、私が負担になっているとは全く思っていないと言った。

その後、ポツリと一言。「俺も(ああいう場所だと)周りが何言ってるか全くわかんないから、結構一人になることが多くて孤独は孤独なんだよ」

自分のことばかり考えていた私は猛烈に反省した。
タケは普段私以上に大変な思いをしている、と頭では理解していたのに。たった1時間のことで喚いた自分が情けなくなった。

その後タケはもう一度会場へ戻った。私がそうしてほしいと頼んだ。この一週間頑張ったのだから。でも結果は散々で、8台中予選を通過したのは2台で、決勝へはコマを進めることができなかったそうだ。

来週中には絶対自家用車を買うことを約束した。
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by rike22 | 2006-03-04 00:00 | 日記
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